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テスラの事故から見る自動運転車の未来

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テスラの事故から見る自動運転車の未来

自動運転に関連するニュースは、2020年に入ってからめっきりと減りました。大きな理由としては、当然ですが新型コロナウイルスの流行により、ほとんどのニュースが食われてしまった格好になったことがあります。しかし、元々2019年の段階で大幅に自動運転への熱がトーンダウンしていた、とする自動車ジャーナリストもいます。

自動運転においては、テスラ車による事故や、ボルボの車両を使った実証実験での事故など、複数の死亡事故が発生したことが米国発のニュースとして伝えられていました。しかし、日本国内においても、テスラ車の自動運転による死亡事故が起きていたことが明らかになりました。

下記に記事を引用してご紹介します。


●自動ブレーキ作動せず事故 責任はだれに?

"事故原因はドライバーの居眠りか自動ブレーキの故障か――。
自動運転機能がある車が絡んだ死亡事故を巡り、こうした点が争われた裁判が3月、横浜地裁であった。高度な自動運転が普及すれば、車のシステムと、ドライバーの操作のどちらに事故原因があるかを争う裁判が増える可能性がある。今回はドライバーに有罪判決が出ている。

神奈川県綾瀬市の東名高速。渋滞の中を米テスラの多目的スポーツ車(SUV)がゆっくり走行していた。車間距離や速度の調整、衝撃を和らげる自動ブレーキがある「運転支援システム」は作動状態。ドライバーが眠気に襲われ目を閉じた約1分後、車は加速し、別の事故で路上に止まっていたバイクに衝突した。

2018年4月に起きたこの事故は多重事故に発展し、1人が死亡、2人が重軽傷を負った。検察は男の居眠りが事故原因として自動車運転処罰法(過失致死傷)罪で起訴。男の弁護側は居眠りや事故状況について認める一方「運転支援システムの故障によって事故が起きた」と主張し、ドライバーと車の運転支援システムのどちらに責任があるかが争点になった。

検察側は車のメーカー側の技術者の証言をもとに「システムは故障しておらず、自動ブレーキも全ての物体を確実に検知できるものではない。機能の限界だ」と主張した。注目された今年3月の判決は故障の有無について「判然としない」と判断を避けつつ、「前方を注視していれば衝突を回避できた」と指摘。禁錮3年、執行猶予5年とした有罪判決が確定した。"

引用元;日経 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59437030S0A520C2SHJ000/

上記の事故は、米国のテスラ車による事故と構造が似かよっています。すなわち、自動運転機能という響きと、ペダル操作もハンドル操作も不要となる実際の動きとが相まって、実際のレベル以上にシステムを過信してしまったとみられる点が同じです。その証拠に、いずれも自動運転機能をオンにした状態で、睡眠もしくは居眠り状態にあったことが分かっています。現実の信頼性に照らし合わせれば、ごく限られた範囲でのみ運転操作を代行できる、いわゆる部分的なアシストにとどまります。しかし、同社はセンセーショナルな売り文句を狙ってか、自動運転という用語をマーケティング面で多用してきました。その結果、起こるべくして起こった事故だと言えるのではないでしょうか。

そして、メーカーの声明として「自動ブレーキも全ての物体を確実に検知できるものではない。機能の限界だ」と報じられています。これは、現段階では、というニュアンスが感じられる表現です。しかし、今後、おそらく永遠に渡って、自動運転のシステムは全ての物体を確実に検知できるものではありません。なぜなら、道路上で行われるものは、理論上では交通に関わる車両と人のみですが、実際にはあらゆる人間活動と自然活動が起こり、想定外のことに満ちているからです。

まず、通常の人間活動でも、例えば信号のない横断歩道で長い時間立ち話してる人をどう処理するか、といったことに判断をつけられません。また、動物に対しても対応は困難で、犬や猫など愛護動物は轢いてしまった場合に法的責任が生じますが、野性動物はそうではありません。野性動物なら、安全のために轢いてしまうという判断ができるかも知れませんが、車にダメージを与えたり衝撃で道路から逸れてしまう結果を予測するのは不可能です。また、日本のように災害大国では地震や土砂災害によって道路が突発的に寸断されることもあれば、津波から避難するような、高台を選んでの緊急時の避難走行などを考えてみると、問題が多そうです。もしも、かつてのGoogleカーが目指していたような、運転席すらない完全自動運転車だったとしたら、このような災害時に頼ることができるでしょうか。

このようなことから、いわゆる完全自動運転、つまり完全無人で運行するような車は、残念ながらいつまで経っても無理でしょう。完全な形での自動運転ができないのであれば、あくまでシーンを限定したサポート機能というのが完成形ということになります。それであれば、いかにドライバーによって使い勝手のよい機能になるか、という点に開発の主眼を置くべきでしょう。日本で言えば、マツダが目指しているような、ドライバー中心の車作りがメインとなって、万が一の人間のミスを、システムがカバーする、という形が正しいのではないでしょうか。

世界が変わるとまでメディアで煽られた完全自動運転の夢から覚めつつあるいま、正しい方向でのシステム開発に向かう潮目となることを願わざるを得ません。


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