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自動運転車が普及するのはいつ?

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自動運転車が普及するのはいつ?

近年ではテレビや新聞で自動運転の車について採り上げられることが増えています。自動車専門誌とは違い、大抵は経済評論家やノンジャンルのコメンテーターが私見を述べるという形を取っています。その結果、実現性よりも言葉のインパクトに重きを置かれる傾向にあります。いわく、「完全自動運転の実験開始!バスは間もなく無人になる」というように、ニュースバリューとして引きのあるフレーズを前面に出すものになりがちです。下記にご紹介する記事は、経済紙のものですが、自動運転に言及したものです。一部を引用します。

■『2040年の未来予測』より

“あなたは2040年に何歳だろうか?その頃の日本はどうなっているのだろうか?元日本マイクロソフト社長であり、起業家であり、投資家でもある成毛眞氏は「今あるものを見れば、未来は読める」という。高齢化が進み、経済成長も見込めない日本の未来は、残念ながらそう明るくない。ただ、未来を知り、何をするべきか考えれば、豊かな人生になる。本稿では、『2040年の未来予測』より、一部抜粋、編集し紹介する。

■6Gで自動運転が可能になる
前回記事では、未来を様変わりさせるテクノロジーの要となる6Gについて説明した。新しい技術は突然現れない。すでにある技術の改良や組み合わせで登場することがほとんどだ。

6Gで、どういう世界が実現するか。まず、自動運転だ。
未来では、自動運転は現在のスマホと同じくらい普通になっているだろう。そこから何かに利用したり、投資しようかなどと考えても、もう遅い。何が言いたいかというと、現代を見渡せば、未来は見えるということだ。そして、荒唐無稽と思われていたものの大半がすでに実用化されている。未来では、公共のバスや電車などは、ネットワークに接続された自動運転になり、輸送や物流なども効率的になるはずだ。

車両ごとにカメラやレーダーなどを含んだ膨大なセンサーが働き、走行中に周囲の地図が自動的に生成されたり、衝突する可能性がある通行人や車両などの動きなども常時把握されたりしているだろう。

自動運転どころか、上空はドローンが行き交い、どこにでも欲しいものを配達してくれるはずだ。これらは、高速で大容量のデータが通信できることと、通信が途切れなくなり、タイムラグもなくなることで可能になるというわけだ。

「自動運転技術」は、産業界のみならず多くの人が関心を寄せる。自動運転も、もちろん低遅延で可能になる。トヨタ自動車やホンダなどの既存の自動車メーカーだけでなく、アメリカのグーグルなどIT企業も公道でのテストを重ねているのをニュースで目にした人も少なくないはずだ。

自動運転は、レベル0から5の6段階に分かれている。レベル0とは、ドライバーがすべての運転操作を実施する状態だ。最高のレベル5は、条件なしに、場所を問わず、システムがすべての運転作業を担う。そして、現在、多くの自動車メーカーの実用段階はレベル2からレベル3にある。

レベル2とは、前後・左右の運転操作の一部をシステムが行う段階だ。すでに、自動ブレーキ(衝突軽減ブレーキ)や、前の車の速度に合わせて車間距離を維持してくれるアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)、車線の中央付近を走るようにする車線維持支援システムなどが搭載された車に乗り、その便利さを感じている人も多いだろう。

これが、レベル3になると緊急時に運転操作をする必要はあるものの、高速道路など特定の場所ではシステムがすべての運転作業をしてくれるようになる。逆にいえば、不測の事態が起きなければ、ドライバーは何もしなくてもいいことになる。

法規制などの問題はあるが、すでにもう技術的には、例えば高速道路での運転を車に任せ、ディスプレーで映画を見るのも可能だし、仕事のメールを返しながらでも車は走行できることになる。

つまり、レベル2とレベル3が、運転するのが人間か、システムかの境目になる。まさに「自動運転」への過渡期にいま、われわれはいるのだ。

ちなみに、レベル4は緊急時も含めて、高速道路など一定の場所でシステムが問題なく運転する状態、そしてレベル5は最初に述べたように場所の限定なく、システムがすべてを操作する段階だ。

2040年に、新車でのレベル3以上の自動運転システム車は、4112万台になり、世界の新車の29.4%を占める。2030年以降、レベル4が普及し、2040年には完全自動運転の「レベル5」も実用化しているとみられる。”

引用元;東京経済オンライン

 


『2040年の未来予測』ということで、交通事情についても予測がなされています。経済紙では株を中心とした金融取引を読者が行うことを踏まえて記事が掛かれますので、この手の未来予測はよく登場します。経済分野の識者が未来を指し示すことで、インパクトとともに予測記事の価値も上がるのでしょう。しかし識者であろうとなかろうと、未来の予測というのはほとんど当たりません。ごく一部の大当たりした株長者が、神のごとく崇められる世界だと言い切って良いでしょう。なぜなら、未来予測ができる科学力は、まだこの世にないからです。100%的中できないのであれば、占い師の言葉と、さして差はないでしょう。

AIによる未来予測に期待を持つ方もいるかも知れません。将棋や囲碁の世界でも目覚ましい進化を見せていますし、将来は大半の仕事がAIに取って代わるというような論調も目にします(これも、いわばインパクト偏重のフレーズです)。しかし、残念ながら、100%未来を予言することは、現状ではできません。その理由は「複雑系に対応する真理」がまだ見つかっていないからです。複雑系によって100%の精度を保つことができていない代表的なものは、次のようなものが挙げられます。

これらは現代の自然科学を持ってしても、100%に到達できませんし、今後到達できる見込みもありません。それは、上記の「複雑系に対応する真理」が発見できる見込みがないからです。複雑系には、何かしらの真理があると考えられますが、現状では「ランダム性」としてしか捉えることができません。このため、「予測」や「予想」ではなく確定未来を告げることは、現状ではできない訳です。将棋などのように、不確定要素の少ない閉じた世界においては、AIは人間を超えた働きを見せますが、要素そのものが増えたり減ったりする開いた世界、つまり複雑系では限界があります。100を目指すことはできても、100%に到達することはないのです。なぜなら「複雑系に対応する真理」が発見できていないからです。

そして、道路交通はまさしく複雑系です。このため、自動運転車が行きかう時代になったとしても、事故がゼロにはなりません。必ず事故は一定数起こります。この時、仮に事故件数が少なかったとしても、無人の車に人命を奪われることを許容できるかどうかです。これは事故率が多い、少ない、という数字上の問題ではなく、人間の心理的な問題です。昔からSF映画の定番は、人間の便宜を図るために開発したロボットが、次第に人間に牙を向くようになる、というストーリーです。これは、無生物に命を脅かされることに対する恐怖が、本能的なものであるということを物語っています。これまで、交通事故で命を落とすのは遺族にとって悲しいものですが、相手が人間であるため、心の遣りようとしては本能に則しています。ところが無生物となると、許容しがたいものになっていくのは想像に難くありません。エンジニア的発想からすると、自動運転車の事故率が、人間のドライバーの事故率を下回れば、自然と自動運転が普及するはずだ、と考えるでしょう。しかし、事はそう単純ではないということです。

最近では『「ホンダ」が世界初!完全自動運転車を販売』という見出しで、いわゆるレベル3に相当する自動運転化技術を搭載した車をリリースしました。メディアがセンセーショナルに完全自動運転という言葉を使って、消費者に誤解を招く流れが再び起こりそうです。かつてテスラ社が運転支援機能を「自動運転」であると過剰に宣伝した結果、車の機能を過信してフロントウインドウから目を逸らしたドライバーが死亡事故を起こしたケースが複数発生した流れに似ています。

車の自動化というのは、言語間翻訳サービスでもなければ、天気予報サービスでもありません。多少間違えても許容される余地があるサービスとは違い、車の自動化は、僅かな誤りが発生すると、即、人命に関わります。したがって、これまでのIT業界の商習慣である「取りあえずリリースして、問題があれば修正パッチで対応」では許されないのです。多少の犠牲者は仕方がない、という姿勢が僅かでも垣間見えれば、それが完全自動運転の実現を大きく遠ざけるものになる、ということです。とにかく膨大な時間を掛けて、リリースは万全を期して、宣伝もできる限り控えめに、という人命重視の姿勢を見せない限り、自動運転車の未来はないと言えるでしょう。

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